階段イップス

「階段」をスタコラサッサと駆け下りていくサラリーマンを横目に今日も僕は最後の一段を飛び降りた。

いつからなのか、初めからなのか、僕はどうにも階段を上手に降りられない。階段が怖い訳ではないし、上るのは普通に出来る。降りることが、苦手なのだ。階段の真ん中を過ぎたあたりから背中に冷たいものを感じる。足元を見て、見えてる、大丈夫、と心の中で呟きながら降りていく。なのに、最後2、3段のところでぐらりと重心が崩れる。またか、と悲しい気持ちにさえなる。ホームで電車を待ちながら階段の事を考えていると、あの重力に翻弄されるような感覚が込み上げてきて、卒業式の緊張を思い出した。そうだ、あの時もー、と。

中学の卒業式。人前に出るのが苦手だった僕は名前を呼ばれて返事をすることさえも緊張していた。どのくらいの大きさで、どのくらいの高さで「はい」と返事を成功させられるか。立ち上がるタイミングも考えたし、立ち上がる時に椅子を動かさずにしっかり立てるかも不安で仕方がなかった。クラスメイト達が名前を呼ばれる度に頭の中で練習した。結局、なんとか成功させて証書を受け取り、階段を目前にして気が付いた。不覚、これは練習していなかった、と。たった五段である。しかし最後の一段をぴょんと飛び下りる訳にはいかない。階段の前で立ち止まって半泣きになるなんてことも、そんなことをしたら伝説になってしまう。やばいやばいやばいー、と頭を真っ白にさせながら踏み出した。そこからはあまり覚えていない。伝説も語り継がれていないので恐らく普通に降りることが出来たのだろう。ただ、あの時に見つめた五段の階段は今でも思い出す度に手汗をかく。

僕は階段が苦手だ。毎日通勤で上り下りしていたって、治らない。人参を皿の端に避ける大人のように、大人になった僕は階段を最後の一段飛び下りる。僕は今日も、飛び下りる。