「約束」

今週のお題「怖い話」

ある日、携帯にひとつのメッセージが届いた。高校時代の友人からだった。「伝えたいことがある。」少し内気で、笑うと照れたような表情をする彼がそう言うのだ。よほど大事な話なのだろうか。わたしは5年ぶりに彼と会う約束をした。

約束の日、わたしは彼と会うことをかなり楽しみにしていた。彼の言う「伝えたいこと」とは、恐らく結婚報告だろうと思っていた。彼と最後に会ったのは5年前。その時に「彼女と同棲を考えている」という話を聞いた。その時もやはり彼は照れたように笑っていた。約束のファミレスへ行くと彼はもう来ていた。久しぶりに会う彼は薬指に光る指輪を付けていて、相変わらず可愛らしい笑顔を見せた。そして、少しだけよく話すようになっていた。あまり自分のことを話そうとしなかった彼がいろんな話をしてくれたことを、わたしは嬉しく思った。

しばらくお互いの話をしたところで、彼が「伝えたいこと」について語り始めた。わたしの目の前に真っ白な紙を差し出して。あぁ、と大体理解した。「夢を叶えよう」「幸せになって欲しい」わたしの為を思ったような言葉がたくさん並べられた。マルチ商法だ。それなりに頑張っている会社での働きを無駄と言っているような話をされ、彼が「伝えたいことがある」と言っていたから来たのに、他人を連れてきているからその人の話を聞いて欲しい、と言う。あげく、断ると「この話を他の人にしないで欲しい。約束を守ってくれたら僕が成功した時に欲しいものを何でも買うよ。もし守れなかったら...うーん、どうしようね(笑)」と、言われた。殴りたくなった。鼻の奥がツンとした。ひどく、悲しかった。話は断り、彼とは二度と会わないと決めた。

よく考えてみれば昔から素直な青年だったし、彼がそうなるのもなんとなく分かる気がした。話自体が嫌だったのではない。きっと、「買われた」ような話が悲しかったのだ。もう二度と会うことも無い、切ない思い出のひとつだ、と割り切ってすっかり忘れてしまっていた頃のこと。ずっと昔にSNSで「見るだけ」のサブアカウントを作った事があった。作ったものの、結局使わずに放置していたものだ。退会をしようとログインすると、フォロワーが1になっていた。投稿も無い、意味の無い文字で作られたID、アイコンも設定されていないアカウントに。最後に見た時はフォロワーなんて居なかった。きっとビジネス的なフォローだろう、と思いながらも、なんだか胸がざわりとした。恐る恐る、フォロワーの一覧を開いた。まさに、血の気が引くという感覚だった。あの言葉が耳元で聞こえた気がした。

「もし守れなかったら...うーん、どうしようね(笑)」

 

 

解説

フォロワー1 は、マルチ商法の彼でした。

絶対に特定出来るはずのないアカウントをどうやって見つけたのでしょうね。