「雨」

幼い頃の秋に、ひとがひとり死んだ。
家の、裏の、表の、ひと。
学生服を着た僕は玄関を出て母に言った。
「ねぇ。なんだか、空が青いよ。」
今になっては、いや、なっても。よく、分からない。その時の僕には、本当に青く見えていたんだと思う。その色をよく覚えているから。青紫色の朝顔のような空を。

 

夏のはじめに、ひとがひとり死んだ。
同級生の、元、恋人。いつも楽しそうな女の子。夜勤明けの朝は黄色く静かに泣いていた。この世界はおかしい。認めない。そうして叫ぶように泣く母親と、声を殺すように泣く父親。ひどく悲しい世界を哀れむように、しとしとと世界が泣いていた。

 

人は必ず死ぬ運命にある。「人生100年時代」なんて言われるようにはなったけれど、100年も生きられる人はどれほどいるのだろうか。じゃあ何故あの女の子は21歳という若さで人生を終えてしまったのか。同じ町の知らない同級生が広報の「お悔やみ」に入っていたのは間違いだったとでも言うのか。自分の心臓があと1分で止まる、そんなことは有り得ないと、何故信じているのか。いや、人はみな、心の中では怯えているのかもしれない。そう見せないだけで、 一生懸命に命を燃やしているのかもしれない。僕は。僕は、どうだろうか。今日も、世界のどこかで雨が降っている。