ファインダーの向こう

10年前、あの日。たくさんの夢と希望を詰めたロケットが、地球から飛び立ったという。結末は悲しいもので、宇宙飛行士たちが地球に帰ってくることはなかったそうだ。そして同時に。太陽は、弾けて消えてしまった。砕けるように、散りばめられたように。

 

あの日から、地球は一変した。一日が夜のように暗い世界のまま過ぎていく。じわじわと大地は冷え、人々は寒さに震えた。暗く寒い世界の空は昔より星が増えたように感じる。あれは、はくちょう座だろうか。そんなことを考えながらぼんやりと歩いていると暗闇の中に光る街灯がぽつん、と現れた。太陽を失ったこの世界で未だに電気の通っているものを久しぶりに見た気がする。街灯が立つ傍には小さな公園が静かに潜んでいた。閑散とし、遊具は雪を纏っている。それは寂しくも、美しくも見えた。子供たちが高上げして遊んでいたのだろうか。ブランコは鎖が結ばれ、少し斜めになっていた。僕は街灯の真下にあるベンチに腰を下ろし、沈黙の公園を見つめる。ハァ、と吐いた息がキラキラと舞った。

 

僕は今日、会社をクビになった。役立たず、なんだそうだ。特に未練は無いのだが、理由があんまりだと思った。とはいえ、興味もやる気も持てなかった僕が悪いのだろうが。「だったら他の仕事に就けば良かったのに。」と、他人は言う。何も知らないくせに。僕にだってなりたいものはあったのだ。思い描けば走り出したくなるほどの、『憧れ』が。高校生の頃にSNSで見かけた写真に衝動を駆られ、学校を休んで美瑛へ行った。衝撃的だった。薄水色の空に太陽の光を浴びてキラキラと光る雪の結晶たち。キンと張り詰めた空気の中で唐松が青い池に反射する。雷に撃たれたような美しさがそこにはあった。高校を卒業してから2年間、カメラを首に提げて世界を旅して回った。沖縄のサンゴ礁。タイのロイクラントンや、水面に映ったサン・モン・ミシェル。夢中でシャッターをきった。この世界は美しいと、本気で思っていた。その世界を世間に伝えるのだと、本気で憧れていた。太陽が散る、あの日までは。それが20歳になる秋のことだった。しかし世界は変わってしまった。『憧れ』は菓子缶の中に閉じ込めた。もう長いこと、それを開けていない。僕の人生はあの日で終わったようなものなのだ。

「大丈夫かい?」
顔を上げると見覚えの無いサラリーマンが立っていた。大丈夫です、と一声返す。ついでに笑って見せたけれど、不安そうな顔をしたまま去っていった。今日も寒い。こんな歳で職を失って、公園で知らないサラリーマンに心配をされた。我ながら情けない。俯いて目を閉じるとなんだか眠たいような気がしてきた。このまま、本当に眠ってしまおうか。
「あの。」
驚いて、勢いよく顔を上げる。先程のサラリーマンが立っていた。
「これ、えっと、寒いので...」
と、男性は不器用に微笑みながら懐炉を差し出した。思わず受け取った手からじんわりと温もりが広がる。あまりの優しい温もりに、鼻の奥がツンとした。しばらく星空を眺めてから懐炉をポケットにしまい込んで家へ帰った。灯油ストーブを付けて、ヤカンに水を足す。ジュウジュウと蒸発する音を聞きながら錆びれた菓子缶に手を伸ばす。その日、僕はたくさんの『憧れ』を部屋中に貼り付けた。